流れにのるか?ただようか?

2018年が半分過ぎた。

たのしいことが山脈のように
かなしいことも谷底のように

かなしみは乗り越えるというよりも、迂回しているようだ。

だから、風が心地よく横を通り過ぎたり、
誰かの失った悲しみにそっと触れたときに、
まだまだだと身体からの声が聞こえる。

 やることがあるときは、すきまに気がつかないようにして
飛び石をこえていく。

歯を食いしばることもなく、
ときどきやってくる気持ちの波がとおりすぎていく。

とつぜん始まったナナとのふたりぐらし。
ナナの天真爛漫さに支えられている。

あたらしいお友だちシリーズに、ユニークな仲間がふえる予定。

毎日、あたらしい情報が流れてくる。
流れにのるか、ただようか?

どこかに何かを書き留めることで、忘れがちなわたしの気持ちによりそっていく。
のっても、ただよっても、そのときの気持ちに後からでも思い出せるように。

さぁ、夏がはじまるよ。